社会生活を送っていると、時折耳にするのが「信託」なる用語なのではないでしょうか。
街を歩いていると「●●信託銀行」なんて看板はよく見掛けますし、口座を持っている銀行から「投資信託を始めませんか?」なんて勧誘を受けることもあるかと思いますが、
『大した財産も持っていない自分には無関係・・・』なんてお考えの方も少なくないことと思います。
しかしながら、近年の法改正により、信託は私たちの生活に非常に大きな影響を及ぼすようになっているのをご存知でしたでしょうか。
そこで本日は「民事信託とは?相続等に役立つ新制度を解説致します!」と題して、あまり知られていない『個人が行う信託』についてご説明してみたいと思います。
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そもそも信託とは?
「信託って言葉は聞いたことがあるけど、意味が良く解らない」という方も多いことと思いますので、まずは信託の意味からご説明を始めましょう。
そもそも信託とは「他人に財産を預け、管理や運用を行ってもらう制度」を指す言葉となります。
よって、街で見かける信託銀行や信託会社は、お客様から現金や有価証券、又は不動産などを預かり、それを運用して利益を還元することをビジネスとしているのです。
但し、「他人に財産を預ける」というのは当然それなりのリスクも伴う訳ですから、信託をビジネスとする企業は信託法や信託業法といった法律の厳しい縛りを受ける上、事業を始めるに際には内閣総理大臣の免許もしくは登録が必要とされています。
なお、投資会社の収益は資産の運用に際して発生する信託報酬(管理手数料)がメインとなりますが、あくまでも信託は投資と同義となりますから、場合によっては顧客が損失を被ることだってあるのです。(元本を保証している商品もあります)
因みに信託では、財産を預ける者を「委託者」、それを預かって運用する者が「受託者」、そして発生した収益を受け取る者を「受益者」と呼んでいますが、
「受託者」として報酬を得るには、先に述べた免許や登録が必要ですから、信託商品を扱うことが出来るのは「一部の金融機関等のみ」というのが通常でした。
しかしながら2007年の信託法の大改正により、個人間等で行う信託(民事信託)が一躍脚光を浴びることとなったのです。
民事信託って何?
実は信託法においては、元々個人間(民間)で行う信託についても、ある程度のルールは定められていました。
但し、その内容はかなりザックリしたものであり、実際にこれを行う者は殆どいないのが実情だったのです。
ところが2007年の大改正では、この民間信託に細かなルールが規定されることとなり、相続や介護など様々なシーンでの活用が期待される様になって行ったのです。
では具体的に民事信託がどの様なものであるかをご説明して参りましょう。
ネットを検索すると、民事信託・個人信託・家族信託など様々な用語がヒットして来ますが、基本的にこれらはほぼ同じ意味で使われる言葉となります。
より詳細にご説明するとすれば、まず前項でお話した「銀行などがビジネスとして行う信託」と、民間人同士が行う「民事信託」が大きな区別となり、民事信託の中に個人信託(友人等の間で行う信託)、家族信託(親類間で行う信託)が含まれることなるでしょう。
また、民事信託の大前提は「ビジネスであってはならない」という点になりますから、例え弁護士や司法書士などの法律家であっても、仕事として民事信託を請け負うことは出来ないのです。
但し、ビジネスと見なされるのは「反復継続して、不特定多数との信託を行うこと」との定義がありますから、家族間で信託を行い受託者が報酬を得ることや、弁護士などが個人的に受託者を引き受けて報酬をもらうことは問題とならないでしょう。
そしてこの民事信託を利用すれば、資産を保有する者が「委託者(信託を依頼する者)」兼「受益者(信託による利益を得る者)」となり、第三者を「受託者(信託を受ける者)」とすることで、
仮に「委託者」兼「受益者」が認知症になってしまっても、「受託者」が自身の判断で資産を運用したり、銀行口座から必要経費を引き出すことが可能になるという訳なのです。
更には、「委託者」と「受益者」を分けることも可能ですから、父親が「委託者」となり、母親を「受益者」、子供を「受託者」とすることで、
父親が突然死亡した場合でも、相続手続きを待つことなく預金を切り崩したり、不動産を売却するなどの行為が可能となります。
なお、具体的な民事信託の手続きは「契約によるもの」となりますから、当事者間で『誰が委託者・受託者・受益者となるか』『どの財産を信託に組み込むか』などを定めた信託契約を締結する必要があるでしょう。
因みに不動産を信託の対象とする場合には、信託契約書に基づいて登記を行うことになりますが、この場合、物件の所有権は「受託者」へと移転することになります。(但し、売却などに際しては受益者の承諾が必要となります)
一方、銀行口座などについては、信託契約に基づいた信託用口座を開設し、ここに預けられた資金を受任者が運用することになりますが、未だ金融機関側の態勢が整っておらず、信託用口座の開設が可能な銀行は極僅かというのが実情の様です。
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民事信託のメリット
では、この民事信託を利用すると一体どんなメリットがあるのでしょうか。
本項では民事信託の利点についてお話して参ります。
成年後見制度の補完制度として
法律に詳しい人の中には「後見制度で、民事信託と同じことが出来るのでは?」との疑問をお持ちの方もおられるかもしれませんが、実は後見制度には様々な弱点もあります。
成年後見制度では、本人が元気な内に任意で後見人を定める任意後見(任意後見契約)が可能ですが、この契約が発動するには裁判所に申し立てた上、任意後見監督人を選任してもらうことが必要です。
そして後見監督人は後見人の行動を監視するのが役目ですから、後見人が管理を任されている財産を処分するのを見れば、必ず問題になりますよね。
また、そもそも後見人は本人(被後見人)のために行う必要最小限の財産処分しか許されていませんから、所有するアパートの修繕等に必要な資金等であっても、そう簡単にはお金を引き出すことは出来ないのです。
その点、民事信託を行っておけば、信託契約の範囲内や受益者の許可の下、不動産の売却から株式投資まであらゆる経済活動が可能になりますから、これは非常に便利ですよね。
相続発生時にも有効
続いてご紹介するのが、相続が発生した際に民間信託で得られるメリットについてとなります。
通常、人が亡くなった際には、相続人全員で遺産分割協議書を作成し、これに定められた内容にて相続が行われることになるでしょう。
しかしながら、遺産分割などで相続人同士が揉め始めると、遺産分割協議書の作成に長い時間を要することになり、その間に故人の銀行口座は凍結されてしまいますから、
自宅の住宅ローンの支払いや、所有する投資物件に修繕が必要となった場合などには、どうして良いモノやらと頭を抱えることになってしまうでしょう。
一方、こうしたシーンで予め民間信託を行っておけば、受託者は受益者と相談して信託された財産を自由に処分できますし、委託者と受益者が同一で当人が亡くなった場合でも、次の受益者を決めておけば迅速に対処が行えるのです。
なお、遺言書の中に「自分が亡くなった際に民間信託が発動する」という内容を組み込んでおく「遺言信託」という方法も可能ですし、そもそも民間信託の契約を遺言代わりに利用してしまう「遺言代用信託」という手段も選択することが出来ます。
更に信託契約を遺言の代わりに利用した場合には、通常の遺言以上に自由度の高い相続も実現が可能です。
例えば、親が「委託者兼受益者」で、次男の子供(孫)を「受託者」にするとしましょう。
またその上で、親が亡くなった時には受益者の地位が長男に引き継がれる信託契約を結んでおきます。
こうすることによって、親が亡くなった後は長男がこれを引き継ぎ、長男が亡くなれば信託財産が次男の子供(孫)のものとなるといった、通常の相続では実現不能な2次相続、3次相続まで道筋を作ることが出来るのです。
但し、民間信託の有効期限は開始から30年時点の受益者が、次の受益者にバトンを渡し、その受益者の期間が満了した段階で終了となりますから、未来永劫受け継いで行けるものではありません。
※期間満了時に残された資産は残余財産となり、最後の受益者の所有となる。
相続トラブルの回避ツールとして
また民間信託は、分割できない不動産などを相続する際のトラブル回避ツールとしても、威力を発揮します。
例えば「自宅兼賃貸マンション」なんて物件が相続の対象となる際には、誰が不動産を引き継ぐかで揉め事が生じがちです。
そして場合によっては、この物件の持分を相続人全員で分け合うなんて方法にて、相続が完了してしまう場合もあるでしょう。
しかしながら、こうした相続を行うと、いざ物件を売却しようにも持分保有者の意思統一が計れず、「半永久的に売れない物件」となってしまうことも少なくありません。
一方、こうした物件に対して民事信託を設定しておけば、受託者が上がって来る賃料を複数の受益者に分配する形での相続が可能となりますし、物件を売却しなければならない際も、スムーズに事を運ぶことが可能となるのです。
なお、遺言などによって法定相続分が貰えなかった者が遺留分の請求を求めて来た場合については、遺留分相当の受益権を与える方法にて処理することになるでしょう。
民事信託のデメリット
これまで民事信託のメリットを解説して参りましたが、民事信託にも若干のデメリットは存在します。
そこで本項では、そんな民事信託の問題点をお話して参りましょう。
信託を立ち上げに手間と費用が掛かる
民事信託を行うには信託契約の締結や登記が必要である旨はお話しましたが、これらの手続きを一般の方が自力で行うのはかなり無理があります。
よって弁護士や司法書士などに費用を支払って、協力してもらう必要がありますが、民事信託はまだまだ始まったばかりの制度となりますから、これに精通した専門家は意外に少ないのが実情です。
こうした事情から、仮に良い専門家が見付かったとしても、その費用はかなりのものとなるはずですし、苦労して組んだ信託の形式も、家族関係の変化(離婚や死別等)で変更を加える必要が出てくることもあるでしょう。
そんな場合には、改めて専門家に相談しながら信託契約を見直す必要が出て来ますから、ここで更にコストと労力が必要になって来る訳です。
受託者の引き受け手が見付からない
民事信託の「肝」とも言えるのが、物件の管理・運営を行う受託者となりますが、これを一般の方が引き受けるのは少々荷が重いのも事実です。
信託する財産の種類にもよりますが、不動産や有価証券の場合などには、その運用に専門的なノウハウが必要ですし、受益者が複数人となる場合には利益の分配作業も煩雑になることでしょう。
もちろん、ビジネスとしない限りは受益者が報酬を得ることも可能ですが、仕事に見合うだけの報酬を得られない場合などには、その担い手を見付けるのは難しいかもしれません。
民事信託だけでは補いきれない点もある
「民事信託のメリット」の中で、成年後見制度よりも民事信託の方が優れている点がある旨はご説明致しましたが、実はその逆の部分も存在しています。
民事信託は資産管理の面で大きな力を発揮するものの、認知症を患った方を入院させるなどの身上監護の面については殆ど意味を持たない契約です。
よって、例え万全の民事信託を行っていたとしても、認知症の方のお世話をするのであれば、結局は後見人が必要となって来ます。
税制面でも問題
民事信託における受益権が移転される場合、委託者が生きていれば贈与、亡くなっていれば相続として、税金が課税されることになります。
よって民事信託事態に節税効果はありません。
また、「信託している資産」と「そうではない資産」がある場合で、信託している財産で赤字が出ても、他の資産との税務上の損益通算は出来ないルールとなっています。
更に信託財産における損出は来期に繰り延べすることも不可能ですから、この点には注意が必要でしょう。
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民事信託まとめ
さてここまで、民事信託というテーマでお話をして参りました。
こうしてメリットとデメリットを比較みれば、良い点ばかりではないことがご理解頂けたことと思いますが、それも扱い方次第であるように思えます。
家族構成や保有する財産の種類などをじっくりと検討し、後見制度と民事信託を上手に使い分けることが、明るい未来を目指す近道となるのではないでしょうか。
ではこれにて、「民事信託とは?相続等に役立つ新制度を解説致します!」の記事を締め括らせて頂きたいと思います。
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