危険運転致死傷罪

 

私たちの生活の中で、無くてはならない交通手段となっているのが自動車です。

職種によっては毎日の仕事において、また家族や恋人を伴っての休日のドライブにと、車の運転は既に日常の一部となっておられる方も多いかと思いますが、ハンドルを握る以上は事故というリスクを覚悟する必要があるでしょう。

そして、どんなに注意を払っていても、追突などのもらい事故を回避することは困難ですし、ほんの僅かな油断から他人に怪我を負わせてしまう可能性もありますから、ドライバーは最大限の注意を払いながら運転に臨むことを義務付けられています。

しかしながら世間には、禁じられているお酒を飲んだ後や、無免許であるにも係わらず危険な運転を行う不貞の輩が後を絶たず、報道番組などでは日々悲惨な交通事故のニュースが報じられているのです。

そこで本日は「危険運転致死傷罪について解説致します!」と題して、無謀な運転を行い事故を起こした者たちが受ける罰や、彼らを裁く法律の概要について解説してみたいと思います。

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自動車運転死傷行為処罰法の施行

以前に書いた「過失傷害に関する法律問答をお届け!」の記事では、意図せず他人を傷付けてしまった場合に、加害者がどんなペナルティーを受けることになるかをご説明致しました。

そしてその中で、交通事故の加害者は『自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律』という法律を根拠に成立する「過失運転致死傷罪」に問われることになるとお話致しましたが、実は本日解説する危険運転致死傷罪も同じくこの長い名前の法律に定められた罪となります。

実はひと昔前まで、交通事故の加害者が問われる罪は「業務上過失致死傷罪(5年以下の懲役若しくは禁錮、又は100万円以下の罰金)」となっていました。

もちろん加害者も、故意に人を傷付けた訳ではありませんから、あまり重い罪に問うのは流石に可哀想という発想から業務上過失致死傷罪が適応されて来た訳ですが、

交通事故の中には「事故を起こすかもしれない」という自覚を持ちながら、泥酔状態でハンドルを握る加害者も多く、こうした者たちに対して『5年以下の懲役若しくは禁錮、又は100万円以下の罰金では刑が軽過ぎるのでは?』という議論が世間で巻き起こったのです。

こうした経緯を経て、まず平成13年の刑法改正で危険運転致死傷罪の適応が可能となりました。

続いて平成26年に「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」が施行されると、危険運転致死傷罪は改めてこの法律で定義されると共に、単なる過失によって引き起こされた事故についても「7年以下の懲役もしくは禁錮、又は100万円以下の罰金」というより厳しい罰則を定めることになったのです。

なお、『自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律』は自動車の運転以外にもバイクや原付バイクに対しても適応出来るとされています。

 

どんな事故が危険運転致死傷罪に問われる

さて、危険運転致死傷罪の概要についてご理解頂けたところで、「一体どんな事故を起こすと、この罪に問われるのか?」という点を解説して参りましょう。

 

酒を飲んでいたり、薬物を使用した状況での事故

「飲酒運転やドラッグを使用している場合には、危険運転致死傷罪が成立すのは当たり前では?」という声も聞えて来そうですが、皆さんが想像するより遥かに簡単にこの罪は成立してしまいます。

例えばドラッグというと、覚せい剤や大麻、危険ドラッグなどを想像してしまいますが、実は風邪薬など市販の薬でも危険運転致死傷罪は成立する可能性があるのです。

更には、実際に薬物の使用により「正常な判断が出来なくなっている」ことが要件ではなく、『薬を使用することにより、正常な判断が出来なくなるかも・・・』と本人が予測出来る状態でも危険運転の認定が可能 とされています。

よって飲酒についても、泥酔状態である必要はなく、酒気帯び運転程度の酔い方でも、危険運転致死傷罪に問われることがあるのです。

 

特定の持病を持っている人が引き起こした事故

精神的な病やてんかん、低血糖症などの持病を持っている人は、原則運転免許の交付を受けられないルールとなっています。

そして、こうした病気があることを知りながら運転を行い、事故を起こした場合にも危険運転致死傷罪が適応される可能性があるのです。

また、具体的に病気の診断を受けていなくとも、「自分はもしかすると運転に支障のある持病を持っているかも?」という状態でも危険運転と認定される場合があります。

因みに睡眠時無呼吸症候群も運転免許交付の欠格事由となりますから、イビキが激しいとの自覚がある方は特に注意が必要でしょう。

なお、認知症については今のところ特定の疾患に指定されていませんので、患者が事故を起こしても危険運転致死傷罪に問われることはありません。

 

無謀な運転で起こした事故

続いてご紹介するのが、無謀運転により危険運転致死傷罪が適応されるケースです。

例えば制限速度40キロの道路を100キロで走行したり、急カーブに減速せずに突っ込んで、ドリフト走行を楽しむ等の行為がこれに該当します。

また、極端なスピード違反を犯していなくとも、見通しの悪い狭い路地を減速せずに通過する等のケースでも、危険運転と認定される可能性があるでしょう。

 

妨害行為に伴う事故

公道を制限速度で走っていると、後ろから「煽られる」ことがありますが、こうした煽り行為が原因で事故が発生した場合には危険運転致死傷罪が適応されるケースがあります。

また、後続車がいるのを知りながら、嫌がらせのつもりで急ブレーキを踏む行為や、幅寄せなども同様です。

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交通ルール無視による事故

赤信号を無視して交差点に突入したり、一時停止であるのを知りながらブレーキを踏まずに事故を起こした場合も危険運転の認定を受ける可能性があります。

もちろん信号や標識の見落としであれば、過失として処理されますから、このケースでは「意図的に違反を犯したか?」が争点となるでしょう。

なお、同様の理屈で「一方通行の逆走」や「追い越し禁止無視」、「Uターン禁止」などでも、危険運転致死傷罪が適応されることがあります。

 

無免許運転等による事故

ニュースなどで報道される自動車の暴走事故などでは、「運転者は無免許でした」などの情報が伝えられることがありますが、こうしたケースでも危険運転致死傷罪が適応されます。

また仮に免許を持っていたとしても、長年ペーパードライバーを続けていた者が、首都高速を猛スピードで走行して事故を起こした場合には、同じく危険運転との認定を受けることがあるでしょう。

つまり、「運転技術に自信がない者が起こした事故」は危険運転致死傷罪が適応される可能性があるということになります。

 

隠ぺい行為に対する罪

「隠ぺいって何?」というお声が聞こえて来そうですが、飲酒運転などで事故を起こした際に、その事実を隠すために近くのコンビニなどで酒を買って、「事故の後で酒を飲んだフリをする」などの行為が『隠ぺい』となります。

実は隠ぺいをすること自体が危険運転致死傷罪の適応を受ける訳ではないのですが、こうした卑劣な行為に対しては「発覚免脱罪」という罪が成立し、ただでも厳しい危険運転致死傷罪の罰則が更に強化されることとなるのです。

 

危険運転致死傷罪等の罰則

ここまで「どんな行為が危険運転致死傷罪の適応を受けるか?」について解説して参りましたので、本項では『実際に危険運転と認定された場合にどれくらいの罰を受けるのか』についてお話して参りましょう。

 

死亡事故の場合

危険運転で相手が死亡した場合(危険運転致死罪が成立した場合)、最大で受ける可能性がある罰則は懲役30年となります。

但し、飲酒運転やドラッグ使用運転など、単独の罪では20年が上限となっていますから、「泥酔して人を跳ね、隠ぺい工作を行う」など2つの罪を同時に犯した場合にのみ30年以下の懲役という判決が下されるでしょう。

また飲酒や薬の使用状況に酌量の余地がある場合(酒気帯び程度の場合や、風邪薬の副作用でボッとしていた)や、持病が原因の場合には少々罪が軽くなり、15年以下の懲役となります。(但し、無免許の場合には6ヶ月以上の懲役刑を付加)

 

怪我をさせた場合

一方、事故の被害者が怪我で済んだ場合でも、危険運転致傷罪は適応されることとなり、この場合は最高で15年以下の懲役が課せられることになります。(但し、無免許の場合には6ヶ月以上の懲役刑を付加)

また、死亡事故のケースと同じく、飲酒や薬の使用状況に酌量の余地がある場合や、持病が原因の際には12年以下の懲役が上限です。(無免許の場合には15年以下の懲役となる)

 

隠ぺい工作をした場合

こちらは危険運転致死傷罪が成立した上、隠ぺい工作も行っていた場合に適応される「発覚免脱罪」の罰則となり、その内容は12年以下の懲役が上限です。(無免許の場合は15年以下)

但し、発覚免脱罪に問われるということは、既に危険運転致死罪または危険運転致傷罪が成立していることになりますから、実際に言い渡される刑罰はかなり重いものとなるのを覚悟しなければならないでしょう。

 

危険運転致死傷罪が持つ問題点

これまでの記事にて、危険運転致死傷罪の概要はご理解頂けたことと思いますが、本項では危険運転の刑罰に関する問題点をお話してみたいと思います。

問題点なんてお話をすると、「無謀な運転をした者が厳しい罰を受ける制度に何の不具合があるの?」と思われるかもしれませんが、それは被害者自身やその親族の問題です。

危険運転致死傷罪が成立した場合に非常に重い罪に問われることは既にお話して参りましたが、裁判で争った結果、発生した事故に危険運転の要素が無かった場合はどうなるのでしょう。

こうしたケースでは、『自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律』にて定められた「過失運転致死傷罪(7年以下の懲役もしくは禁錮、又は100万円以下の罰金)」という罪で、加害者は裁かれることとなります。(無免許の場合は10年以下の懲役)

確かに過失運転致死傷罪の罰則も決して軽いものではありませんが、自分が重傷を負わされたり、家族を事故で失った方々にしてみれば、加害者を「より罪の重い危険運転致死傷罪で罰して欲しい」と思ってしまうものです。

事実、裁判において「危険運転の要素は無い」と認定された事故について、被害者の遺族が「危険運転致死傷罪の適応を求める署名活動を行う事例」も発生していますから、これは決して捨て置けない問題と言えるでしょう。

もちろん、こうした行動に出る方々のお気持ちも理解出来なくはありませんが、家族を失った怒りを加害者にぶつけ、全ての交通事故に対して危険運転致死傷罪の適応を求めるのは明らかに「やり過ぎ」であり、品性を欠く行動に思えて仕方がありません。

罪を犯した者に適切な罰則を与えるために法律があり、裁判所が存在する訳ですから、自分の感情にそぐわない判決が出ても、それに従う心の在り方も大切なのではないでしょうか。

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危険運転致死傷罪まとめ

さてここまで、危険運転致死傷罪についてお話して参りました。

無謀な運転で事故を起こした者に、厳しい罰を与えることは大いに意味のあることではあると思いますが、厳しい罰を定めることで「危険運転をする者を減らす」ことこそが、この法律の真の狙いであると思いますから、その趣旨を誤解なくご理解頂けたら幸いです。

交通事故は被害者も加害者も不幸にする憎むべきものですから、その発生件数が減り続けてくれることを願うばかりです。

ではこれにて、「危険運転致死傷罪について解説致します!」の記事を締め括らせて頂きたいと思います。

 

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